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シュガーみゆき |
SUGAR MIYUKI |
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・ボクシングIWBF世界ストロー級チャンピオン 白龍(バイロン)ジム所属 |
・Boxing IWBF World Strawweight Champion Bai-Long Gym |
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シュガー(華麗なる)のリングネームどおりの技巧派で、強烈なKOパンチもあわせ持つ。 1990年に二十歳でキックボクシングを始め、シュートボクシングのリングを中心に活躍。 しかし、四十キロ台の小柄な身体のため常に体重、体格で不利なマッチメークとなり、1995年の海外トーナメントでは10キロ近く重い選手を相手にした。 結果を出せずに苦しむシュガーは、より自分に適したリングを求めてボクシングに転向。 もともと得意であったパンチのコンビネーションを磨き、ボクシングのフットワークを研究すると、シュガーの才能が一気に開花。 |
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国内初の女子プロボクシング選手として注目を集めながら、するどい追い足とスピーディーなパンチで連勝が始まり、1996年9月にはフライ級ヨーロッパ王者をKO、ボクシング7戦全勝と波に乗る。 このころ、一般週刊誌に「女子初の世界チャンピオン」を期待する記事が載る。 1997年3月、世界フライ級王者レジーナ・ハルミッヒ(ドイツ)に挑戦するが、惜しくも判定負け。 同年5月に再起戦を勝利。 7月、IWBF世界ストロー級タイトルマッチでスティシー・プールをKO。日本の女子選手として史上初のボクシング世界王者に。 写真誌や、一般週刊誌、民放、NHKのニュース系番組に何度も登場し、女子ボクシングの存在を広く知らしめる。 1998年2月、ミズーリ州でステファニー・プールの挑戦を受け、KO勝利。 同年4月、飯田覚士と井岡弘樹のWBA世界ジュニアバンタム級タイトルマッチの前座でエキシビジョンマッチ(対 菊川未紀)。 同年5月、韓国のイ・ヒョンスクをTKO。 同年10月、両国国技館で引退。 国内に女子のプロボクシング組織が存在しない時代にもかかわらず華々しく活躍し、実績を残したシュガーみゆきの存在は、アマチュアとして活躍する多くの女性ボクサーを勇気づけ、今日の女子プロボクシングの基礎を築いた。 シュガーは、オーソドックスタイプでありながら左の破壊力も素晴らしいため、非常にバランスの良いコンビネーションを組み立てることが出来、KOへとたたみかけるそのボクシングは見る者に鮮烈な印象を残す。末永くボクシング・ファンに語り継がれる名選手である。 引退後は横浜のジムでコーチ業。能島みゆきの名でエキシビジョンマッチをいくつかこなしている(2001年ー土田奈緒子、2002年ー鬼鞍幸子)。 |
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1990 |
1996.9 |
1997.7 |
1998.10 |
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引退 Retire |
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デビュー Debut |
フライ級ヨーロッパ 王者をKO |
日本初 ボクシング世界王者 |
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日本初女子プロボクシング世界チャンプ誕生 ー フォーカス FOCUS(新潮社) |
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(c) Queens of the ring 2008 |
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