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熊谷直子 くまがい なおこ |
NAOKO KUMAGAI |
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・WKA世界女子ムエタイフライ級チャンピオン ・WKA世界女子バンタム級チャンピオン ・UKF世界女子スーパーバンタム級チャンピオン 不動館所属 |
・WKA World Muaythai Flyweight Champion ・WKA World Bantamweight Champion ・UKF World Super bantamweight Champion Fudokan Gym |
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ファイタータイプのサウスポー。左ミドルキックの強さはあまりにも有名。 1986年に山梨の道場「不動館」に15歳で入門。17歳の時、タイでデビュー。 1991年、20歳になるころには11の勝ち星を積み上げ、世界の絶対王者リサ・ハワースに挑戦。リサのヒザ蹴りで倒された熊谷であったが、この攻撃はレフリーブレイクのあとにおこなわれたものであったため、ノーコンテスト(無効試合)に。 1992年7月、韓国系アメリカ人の実力者キム・メッサーをタフな試合の末に判定で破って名前を売る。 |
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同年11月、ラスベガスで行われたWKAムエタイ世界フライ級タイトル戦で、アメリカのリサ・スミスに判定勝ち、日本女性初のムエタイ世界王者となる。 世界のベルトを巻いた熊谷直子であるが、国内には、シュートボクシングのエースで、日本最強の打撃系選手と言われた藤山照美がいた。 藤山との最初の対戦は1992年5月、判定負け。1992年10月にも判定負けと分が悪く、1993年11月に初めての判定勝ち、1995年1月に二度目の判定勝ちをするまで二人の熱いライバル物語は続く。 当時、全日本キックボクシングは、立嶋篤史、前田憲作の二大スターのライバルストーリーでどの大会も満員の黄金期であり、熊谷直子と藤山照美の激突も、立嶋、前田に並ぶ存在感を示し、全日本キックの看板スターとして誰もが認める地位をつかんでいった。 不動館所属の妹分、中沢夏美、三井綾が台頭してくると、SB女子選手たちの協力を得て、1994年10月に後楽園で女子だけのキックボクシング大会を実現。ホールを満員にする。メインでヨーロッパ王者ハルミッヒを熊谷が1ラウンドKO。 1995年4月の第2回女子大会ではメーンに因縁の世界王者リサ・ハワースを迎えてタイトルマッチ。試合前からリングには異様な殺気が立ちこめるが、開始後わずか70秒で熊谷直子が完全KO勝利。4年前の無効試合の雪辱を果たすとともにWKA世界バンタム級王者となり、二つめのベルトを巻く。 同年7月、オーストラリアのブルトナールを1ラウンドKO。 同年10月、オランダのランベルトを2ラウンドKO。 波に乗る熊谷だったが、翌1996年3月、アマンダ・ブキャナンの強打の前に敗北。WKA世界バンタム級のベルトを手放す。同年9月、リマッチに漕ぎ着け、4ラウンドKOでベルトを取り戻す。 1998年、他団体のエース神風杏子との対戦を制し、神風の持つUKFジュニアフェザーのベルトをKOで奪取。 このころ、対戦相手が極端に不足。 1999年、8キロ重い格闘家高橋洋子と試合。続く2000年にはキックは1試合のみであった。 平行してボクシングの試合にも進出するが、海外で階級を無視したカードを組まれるなどして機会に恵まれず。 2002年10月、IKUSAのリングで久々のキックのカード。しかし、試合当日、対戦相手のアリサン・ケイシーが逃亡。試合は不可能となり、客として来ていた早千予選手が協力し、急遽エキシビジョンマッチとなる。 2003年3月、タイでの試合を最後に事実上の引退となっている。 |
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1988 |
1992.11 |
1993.11 |
1995.4 |
2003 |
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デビュー Debut |
WKAフライ級王座奪取 vs リサ・スミス |
vs 藤山照美 3度目の対戦 |
WKAバンタム級王座奪取 vs リサ・ハワース |
引退 Retire |
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(c) Queens of the ring 2008 |
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